マイペース酪農の採算性とその将来

 

  三友さんの牧場で開催されていた「酪農適塾」は、酪農を志す若い人向けの研修会でした。

  冬、講義中心の研修会があり、その時、三友さんが自分の牧場の経営状態を説明してくれたことがあります。

  その時の資料と、見た範囲での現状をもとにして大雑把にいえば、三友さんの牧場は、バランスシートは小さいがキャッシュフロー
 は十分に確保できている、と推測できました。


  三友牧場の資産といえば、約50ヘクタールの農地、今では小さいと言える牛舎と搾乳のための諸設備、トラクターなどの農機具
 その他の機械類、倉庫、そして牛が約50頭、というところでしょう。三友さんは、古い牛舎やトラクターをとても大切に使っていて、
 おそらく多くが償却済ではないかと思います。また、農地の評価価値は(売買あるいは賃貸価格から推測し)とても低いので、資産
 はかなり小さいでしょう。その分資本も、当然その中の負債も小さいだろうと思います。

  収支を見ると、収入はミルクと個体(牛)販売によるものです。支出は、光熱水費と燃料代(案外高い)、飼料代(僅か)、機械器具
 の修理費他細々したもの、そして返済利子と減価償却費です。これらから、相当のキャッシュフロー(手残り分)が確保されていると
 推定しました。なお、三友牧場は家族経営なので人件費は計上されていません。 


  三友さんは、様々な機会に色々な話をされていて、何度も聞かせてもらったことがありますが、その中で、「規模を拡大すると、
 かえって手残りが減ってしまう可能性がある。マイペース型でも、家族が余裕をもって暮らしていくことは十分に可能だ」ということ
 によく触れられます。
 
  最近(2014年11月)、NHKの全国放送で北海道の大規模酪農のことが取り上げられていました。番組は、バター不足をスタート
 に、規模拡大による「スケールメリット」が、今や「スケールデメリット」になりかけている、とする内容でした。


  放送の中での「デメリット」は、「円安による輸入飼料の高騰」、「原発停止による電気料金の高騰」、「人件費の高騰」の3つが
 取り上げられていました。しかしそれ以外にも、大規模化した牧場の経営には、「牛の体調不良によるコスト増(穀物多給は牛の
 健康にダメージがあるそうです)」、「糞尿処理に要するコスト」、そして「借金の元利返済」が、重くのしかかっているのではないか
 と思います。
  
  大規模牧場のバランスシートは大きなものになっているでしょう。資産が大きい分資本も大きく、その相当部分が負債だろうと
 想像できます。

  収支は、収入が大きい(乳量が桁違いに大きいでしょう)一方、支出も大きく、特に飼料代や光熱水費などが大きく膨らむなか
 で、利益は相当圧迫されていると思います。そして、負債の返済は変わらないでしょうから、手残り(キャッシュフロー)は減り続け
 ているのではないかと想像できます。

  大規模牧場の多くは法人経営になっていますが、牧場主が一人で債務保証を負っている場合が多いと思います。

  結局、経営にあたる牧場主は、より豊かで余裕のある生活を目指して規模拡大に取り組んだ結果、大きな借金を一人で背負い
 ながら、その収入は思うように増えない、
という事態に陥っているのではないでしょうか。
   
  
  また、もう一つ見逃せない側面があります。酪農の労務負担のことです。三友牧場をはじめ、いくつかのマイペース型の牧場を
 見学させてもらい、お昼ご飯をご馳走になりながら皆さんのお話を伺っていると、どこかに余裕というものを感じます。

  酪農家は、朝早くから夜遅くまで一日中、そして一日の休みもなく働きづくめ、という印象を持っていましたが、少なくとも、マイペ
 ース型酪農では違うようです。たしかに朝夕の搾乳は休むわけにはいきませんし、特に牧草の収穫時期は、天気予報を睨みなが
 ら、とても忙しい日が続きます。でもそれ以外は、案外、余裕のあるうに見えます。牧草地が緑色の時期は、牛は自分で勝手に
 草を食み、その糞尿は自動的に草地に散布されている訳ですから。

  また近年は、酪農ヘルパーという制度が発達し、ご夫婦で旅行に出かけるということも少なくないようです。「マイペース型になる
 前は、一年中牛舎の中にいた」
という話を聞いたことがあります。


  「マイペース酪農研修会」には、すでに実践されている方だけでなく、これからそれを目指そうとする酪農家も多く、そうした方は、
 最近入植された人に多いように感じます。また、これから酪農家を目指す若い方がたくさん参加していますが、まだ 二十歳そこ
 そこの、神奈川県から来ている女性に、酪農を志した理由を聞いたことがあります。

  「贅沢な暮らしはできないかもしれないが、こんなに広い自分の土地の上で、自然を相手に、家族とともに暮らしていける酪農は、
 魅力的な職業だと思います」 というのが彼女の答えでした。

  多分に楽観的すぎるとは思うものの、彼女の気持ちはよく分かります。


  斎藤牧場(「牛との共生」参照)の斉藤さんは、成功の秘訣の一つに「欲を出すな」とおっしゃいました。その意味は、こんなところに
 もあるのだと思います。

  交流会で訪れた「類瀬牧場」の牧道。とても素敵な牧場でした 

  酪農と環境問題へ戻る

  北海道のトップへ戻る